「来年度の職員配置、本当にこれで足りているのかしら……」
「法改正で計算式が変わったと聞いたけれど、今のシフト表は新しい基準に対応できているの?」
毎年この時期になると、多くの園長先生からこのような悲痛な相談をいただきます。
来年度のクラス編成や採用計画を目の前にして、複雑な計算と格闘し、プレッシャーに押しつぶされそうになっていませんか?
Web上には便利な「自動計算ツール」がいくつもあります。
しかし、監査の現場で問われるのは「ツールの結果」ではなく、その数字を導き出した「計算の根拠」です。
もしツール内部の計算ロジック(端数処理など)が、あなたの自治体の運用ルールと微妙に異なっていたらどうなるでしょうか。
たった1人の計算ミスが、監査での指摘、最悪の場合は加算の返還命令に直結しかねません。
この記事では、行政書士として数多くの監査に立ち会ってきた私が、ツールに頼らず、国の通知に基づいた「手計算」で正確な配置人数を導き出す唯一の手順を解説します。
また、定員変更時によくある失敗である「面積基準の罠」についても、実務的な回避策をお伝えします。
正しいロジックを理解することは、あなたの園と職員を守る最強の盾になります。
電卓を用意して、一緒に確認していきましょう。
👤 著者プロフィール
高橋 誠(たかはし まこと)
行政書士 / 保育園経営コンサルタント
認可保育所の設置認可申請、処遇改善加算の算定、行政監査対応を専門とする。
これまでに累計200園以上の監査立ち合い実績を持ち、「制度の番人」としての厳格な視点と、現場の園長に寄り添う「実践的なアドバイス」に定評がある。
自治体向けの研修講師も多数務める。
「正しい知識は、子どもたちの安全と経営の安定を守るための第一歩です。」
計算ツールより確実!監査員が見ている「端数処理」の鉄則ルール
配置基準の計算において、最も多くの園長先生が陥る落とし穴。
それは「端数処理の順序」です。
結論から申し上げます。
全園児数を合計してから、基準(25や30)で割ってはいけません。
「合計してから割る」はなぜ間違いなのか
例えば、あなたの園に4歳児が26名、5歳児が26名いると仮定しましょう(合計52名)。
新基準の「25対1」で計算する場合、多くの人が以下のように計算してしまいます。
❌ 間違った計算例:
- (4歳児 26名 + 5歳児 26名) ÷ 25 = 2.08
- 2.08人を四捨五入して 2人
「保育士2人で足りる」という結果が出ました。
しかし、これは監査では「配置基準違反(人員不足)」と指摘される可能性が極めて高い計算です。
なぜなら、誤った端数処理が監査リスクの直接原因となるからです。
国の通知に基づく「正しい計算フロー」
こども家庭庁の通知や、各自治体の運用手引きでは、原則として以下の手順が求められています。
1. 年齢区分ごとに必要数を算出する
2. その都度、小数点第2位以下を切り捨てる(ここが最重要です)
3. それらを合算する
4. 最後に小数点第1位を四捨五入する
先ほどの例(4歳児26名、5歳児26名)で再計算してみましょう。
⭕️ 正しい計算例:
・4歳児: 26 ÷ 25 = 1.04 → 小数点第2位以下切り捨て → 1.0人
・5歳児: 26 ÷ 25 = 1.04 → 小数点第2位以下切り捨て → 1.0人
・合算: 1.0 + 1.0 = 2.0人
・常勤換算等の調整: ※配置基準の計算(保育士の頭数)と、処遇改善加算などで用いる『常勤換算(労働時間の合計)』は計算ルールが異なります。今回は前者の『配置人数』に絞って解説します。混同しないようご注意ください。
この例では結果的に同じ「2人」になりましたが、人数が少し変わるだけで、この計算手順の違いが「必要な保育士が1人増えるか減るか」の分かれ道になります。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 電卓を叩くときは、年齢ごとに計算するたびにメモを取り、必ず一度「切り捨て」を行ってください。
なぜなら、多くの人が電卓の「M+」機能などで連続計算してしまい、内部的に端数が残ったまま合計されてしまうからです。この「隠れた端数」が、最終的な四捨五入の結果を狂わせる原因になります。アナログですが、1つずつ紙に書いて計算するのが最も確実です。
【図解】4・5歳児「25対1」と「経過措置」の分岐点
「来年から4・5歳児も25対1になるから、保育士を増やさないと違法になる!」
そう焦って採用活動をしている先生、少し落ち着いてください。
令和6年度からの改正は事実ですが、すべての園が直ちに対応しなければならないわけではありません。
ここには、「法改正(令和6年)」に対する救済措置としての「経過措置」が存在します。
「義務」だが「即時対応」ではない
国は、急激な基準変更による現場の混乱を防ぐため、「当分の間は、従前の基準(30対1)で計算して良い」という経過措置を設けています。
つまり、今の時点で保育士が確保できなくても、すぐに法令違反として処罰されるわけではありません。
しかし、経営的な視点で見ると話は別です。
「3歳児配置改善加算」等は新基準が必須
配置基準を「守るだけ」なら旧基準でも可能ですが、国からの補助金である「加算」を取得したい場合は、新基準への対応が求められます。
配置基準(25:1)と3歳児配置改善加算は、前提条件としての強い結びつきがあります。
以下の表を見て、あなたの園がどちらの戦略を取るべきか判断してください。
| 比較項目 | 旧基準維持 (経過措置) | 新基準移行 (25:1) |
|---|---|---|
| 必要な保育士数 | 少ない (採用コスト低) | 多い (採用コスト高) |
| 人件費負担 | 軽い | 重い |
| 加算の取得 | 不可 | 可能 (収益増) |
| 保育の質・余裕 | ギリギリの状態 | 余裕が生まれ事故リスク減 |
定員変更で失敗しない「面積基準」は壁芯ではなく「内法」で測れ
配置人数と同じくらい監査で指摘されやすいのが、「面積基準」です。
特に、定員を増やそうと計画している園長先生は要注意です。
建築図面に書かれている数字をそのまま信じて計算していませんか?
建築図面の「壁芯」と監査の「内法」は違う
建築図面の面積は、通常「壁の中心線(壁芯)」で囲まれた範囲で計算されています。
しかし、保育所の設備基準における有効面積は、「壁の内側(内法:うちのり)」で計算し、さらに固定設備を除外した面積でなければなりません。
ここに、有効面積(内法)と壁芯面積という、似て非なる2つの用語の対比が生じます。
- 壁芯面積: 図面上の広い数字。
- 有効面積: 実際に子供が活動できる、一回り狭い数字。
図面上はクリアしていても、実地監査でメジャー計測された結果、「固定家具」の分だけ面積が差し引かれ、定員超過(面積不足)を指摘されたケースは少なくありません。
定員変更時の絶対ルール
1. メジャーで実測する: 図面ではなく、現地の壁から壁までの距離を測る。
2. 除外部分を引く: 幼児用トイレ、手洗い場、固定されたロッカー、ピアノ、動かせない収納棚などの面積を引く。
3. その上で割り算する: 残った有効面積 ÷ 1.98(または3.3)をする。
これだけで、定員変更後の「まさかの行政指導」を100%防ぐことができます。
よくある質問:早朝保育や合同保育のカウント方法は?
Q1. 早朝・延長保育で子供が少ない時間帯は、担任1人でも良いですか?
A. 原則として、児童数に関わらず「常時2名以上」の配置が必要です。
安全確保の観点から「2名配置ルール」を義務付けている自治体がほとんどです。ただし、朝夕は研修修了者などで代替できる特例がある場合もありますので、自治体の手引きを確認してください。
Q2. 0歳児と1歳児で「合同保育」をする場合、計算はどうなりますか?
A. 基本的には「年齢ごとに計算してから合算」です。
部屋が同じでも、計算ロジックは変わりません。0歳児は3:1、1歳児は6:1でそれぞれ必要数を出し、それを足し合わせます。
Q3. 休憩中の保育士は配置人数に含まれますか?
A. 含まれません。
休憩時間は労働から完全に解放されている必要があるため、カウントできません。休憩を回す間も基準を満たすよう、フリーの保育士や園長がカバーする等の対応が必要です。
まとめ:正しい計算は最大の防御。自信を持って来年度を迎えよう
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
保育園の配置基準は、単なる「守るべき法律」である以上に、子どもたちの命を守るための安全ラインです。
・ツール任せにせず、「年齢別切り捨て法」の手順で計算する。
・焦って新基準に飛びつかず、「経過措置」も視野に入れた経営判断をする。
・面積は図面を過信せず、「内法」で実測する。
この3つを徹底すれば、監査は決して怖いものではありません。
根拠のある数字は、あなた自身を守る最強の武器になります。
まずは手元のExcelや計算ツールではなく、白紙と電卓で今回お伝えした「年齢別切り捨て法」を一度試してみてください。
その上で、算出された人数が予算や求人状況と乖離している場合は、早めにコンサルタントや自治体へ相談しましょう。
正しい根拠を持って一歩踏み出すことが、先生の自信に繋がります。
先生が自信を持って来年度を迎えられることを、心より応援しています。
📚 参考文献
- こども家庭庁:保育の質の向上・配置基準の改善について(ポータル)
- こども家庭庁:児童福祉施設の設備及び運営に関する基準等の一部を改正する省令について(通知)(こ成保385号)
- こども家庭庁:保育提供体制の強化(公定価格の対応)について
- 各自治体(東京都、大阪市等)発行の「認可保育所設置・運営の手引き」

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